ニューヨーク、住んでみればこんなとこ

気がつけばNY滞在10年以上。2006年生まれの息子はハーレムの公立学校へ通っています。住んでみれば「こんなところ」なニューヨーク、をご紹介です。最近はナチュラルライフに興味ありです。Copyright © 2009 - 2015 "New York, sun de mire ba konna toko" All Rights Reserved. 無断転写はご遠慮下さい。

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『ガラスの仮面』のゆくへ

友だちから『ガラスの仮面』を借りた。

はっきりいって今回は『ガラスの仮面』を読んだことのない人には、まったく面白くない内容と思われる。

『ガラスの仮面』と言えば、まさに大河漫画。
あたしが小学生の時にスタートして、途中で何年かの休載を得てはいるけれど、30年以上もやっている、漫画至上ありえない歴史を持つ漫画。

あたしと同じ年代、つまりアラフォーな女子だったら高校時代とかクラスで誰かしら持っていて、授業中回ってきませんでしたか?(あとは『王家の紋章』もね。こっちは絵がダメでちゃんと読んだことないけれど)

いや〜もう、ほんっとうに何年ぶりってくらいに読んだけれど、しっかりストーリー覚えているし、何度読んでも面白い。
絵なんてださださ〜なんだけれど、そんなことすら忘れるくらいにストーリーにのめり込める。すごいっす。つか、進化していない絵ってのもまた違った意味ですごい。

個人的に気に入っているのはライバルである亜弓さんがマヤの敵を討つところ。17巻ですよ〜、吸血鬼カーミラのときですよ。あとは『ふたりの王女』あたりかしらん。

実は少女漫画家になりたかったあたし。
某漫画家さんのアシスタントなんかもしていたときに一緒にやっていた人が、『ふたりの王女』のときに亜弓さんを描いていた、という人だった。

当時はたしか休載だか、あまりコンスタントに連載がされていなかったときだったと思う。

「あのね、先生は顔の中しか描かないの。他はみーんなアシスタントが描くんだよ」と言っていて、確か亜弓さんを描いてもらった記憶がある。

なんと!
お偉い先生にもなればほとんど自分で描かないのかー

と思ったけれど、『キャンディ・キャンディ』を描いていた、いがらしゆみこもそうだったらしいから、べつにめずらしいことでもなんでもないのかも。

なんで休載しているんですかね〜なんて、他のアシスタントさんたちと言っていたら、どうやら美内センセイ「梅の気持ちがわからない」から続きが描けなかったそうで。

『ガラスの仮面』と言えば『紅天女』。
梅の木の精と人間との愛を語った話(だったはず)。

そらー当たり前だよっ。
誰が梅の気持ちなんぞわかるかー
誰一人たりともわかるやつなんぞおるかー

っとつっこみ入れまくりしたな、そういえば。
これ、20年近く前の話なんだけれど。

それから知らない間にちょこちょこっと雑誌に載ったり、単行本が出たりしていて、いや、43巻、読み切りました。

もーはっきりいって、がっかり。
続きでても読もうか読むまいか悩んでしまうぞー。
いや、まじで。

休載する前までは同じテンションで描かれているんだけれど(多分、オオカミ少女ジェーンくらいまでかしらん)、35巻くらいかな、絵がだんだんと「本人、描いてないよね? 顔の中身すら」というくらい違ってくる。

とくに月影先生の過去を振り返る時間があって、紅天女を作った師匠であり愛する尾崎一蓮と肌を重ね合わせるシーンがあるんですが、これがまた、あなた

レディースコミック、ですか?

つーくらい表現が、やばい。

読んでいてイタイ、かな〜りイタイ。
話も辛くなってくるのに、絵も厳しいから、本当に読み続けるのがきびしかった。
どんな事情があるのか知らないけれど、顔の中身くらいは本人描いてくださーい。
手塚治虫を見習ってくださいいいいいい。

この辺りは単行本書き下ろしなんであろうか?
雑誌の掲載されたのをまったく無視して書き下ろしちゃったりしているしね〜。
編集さん、あなたはそれでよかったのですかー???
つか、月影先生、不死身すぎ。

あとはマヤが紫のバラの人=速水さん、とわかり、さらに「ああ、あたし、速水さんのことが好きだ」と自分の気持ちに気づいてしまい、頭の中は速水さんでいっぱい。

速水さんは速水さんで、マヤのことを好きでいながら(もはや愛しているとしかいいようがないですな)、佐織さんと婚約しながらも、相手役の桜小路くんにジェラシーの炎燃やしまくり。
紫のバラの人=速水とばれていないと思っているところも、ある意味どんかーん。いい加減気づいてもいいと思うが、どうなんでしょうか。でも「マヤがオレのことを好きになるわけがない」とかたくなに思いこんでいるから仕方ないのか。
ただのジェラシストになっておりますな。
キャラ崩壊中。

亜弓さんは亜弓さんで、マヤの才能にこれまたジェラシーの嵐。
膝を床につけて(手ぬぐいなんて口で噛んでひっぱってくれたら、さらにおし)よよよよよってな感じで「にくい、にくい、あの子がにくい」なんてやっているし(後に失明するらしいので、ここで精神的昇華が望めることであろう)、なんかこちらもキャラ崩壊中。

物語を作っていく上で「キャラクターが勝手に動く」とはよく言われることで、作家本人の意志とはまったく関係なく動いちゃって、それにともなって話も変わっていくということが、よくあるらしい。

確かに「梅の気持ち」はわからなかったとは思うし、多分最初っからマヤと速水さんをくっつける予定であったとは思うけれど、今描かれていることって、最初からおおよそは考えていたストーリーなんだろうか。

やはりどこかで緊張感が切れてしまったのではないのかしらん。
宗教団体的なことをやり始めてそこで『紅天女』を上演したとかしないとかって話もあって、美内さんが満足しちゃったのかなあ。

『AKIRA』を描いていた大友克洋も途中で飽きちゃって、映画とか作ってしまって、さらに先を描くのがいやになったって話もきいたことあるし。
こちらも中断した後って話が大きくなっちゃって、最初のころのよい意味での緊張感とかなくなってしまったよね……(えらそーですが)。

どうせマヤが『紅天女』やるんだろーと思いつつ(でないと主人公の意味ないし)、どうなるのかちょいと気にはなる。
一応速水さんとの関係もね〜。

しかし。
しかし、なのだよ。

レディースコミックを読む気はまったくないので、絵柄的にはかなりきびしいなあ、と。

お願いだから、マヤと速水さんの関係は「少女まんが」やってくださいね〜(無理だろうなあ)。

それにしてもあと10年以内で完結するのかしら。




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心臓を貫かれて:マイケル・ギルモア、村上春樹訳

あたしは村上春樹のファンだけれど、とくに彼が訳した本を読みたいと思ったことはない。
でも多分エッセイだと思うんだけれど、自分が訳した『心臓を貫かれて』という本はとても面白いので機会があったら読んでみて下さい的なことを書いていた。

内容は、アメリカで死刑になった殺人犯の実弟が書いたノンフィクションということ。


なんとなく昔っから殺人犯の心理に興味あったので、機会があればと思っていたら、なんとミッドタウンの図書館にあったので借りて読んでみた。



まず読み終えてびっくりしたのが、この本を最初に訳してくれと言ったのが、村上春樹の奥さんだということ。
この本を買った当時彼らはアメリカに住んでいていて、奥さんがたまたま本屋で面白そうだから、英語の勉強になるからという理由で購入されたという。

でも翻訳本、2段で合計600ページもある長編(役者後書き入り)。原書は416ページとなっているんだよね。

ということで読み応えたっぷり。

この、普通に死刑になった死刑囚、ゲイリー・ギルモアがなぜ有名になったのかというと、1977年のアメリカでは合法的に死刑はあっても、廃止の世論が強く、10年間死刑制度は使われていなかった。つまり死刑=終身刑という図式ができあがっていた。でもゲイリーは判決通りに処刑されることを求め、それも銃殺刑を求め、これがアメリカ全土に衝撃を与えることになり、そのニュースは全米のみならず、日本でもトップニュース扱いだったらしい。

そんな彼の実弟は世間からどんな扱いをされ、また自分の家族の過去をめぐり、どうしてこうなってしまったのかというのを淡々と書いている。

この本の舞台はユタ州。
ユタと言えば、モルモン教の総本山があって、酒好きのあたしはぜったいに行きたくない(行けない)州になっている。

個人的にモルモン教ってどんなのか知らなかったけれど、実は比較的新しい宗教であり、でも中世的要素、つまり「生け贄」的観念というのか「血」を流さないことにはいけない的なところがあって、けっこう血なまぐさい歴史がある。

このギルモア家のお母さん含めた実家がモルモン教の人たちで、読み進めていくうちに、実にモルモン教の教書『モルモン書』と似たようなストーリー展開されていくんだけれど、これは本当にノンフィクションなんだろうか?
ただ単に呪われた一家とか、トラウマうんぬんとはいえない「宿命的何か」が作用されたとしかいいようがない話になっている。

アメリカの歴史は開拓の歴史で、そこには血なまぐさいことなんて日常茶飯事だっただろうし、ましてや中部あたりなんて想像がつかない「何か」が作用しているところだろう。
怨念とか、神懸かり的な何かが。

どうしてゲイリーが破壊的性格になり、最終的には殺人まで犯して死刑になってしまったのか。
簡単に言えば

1)親からの愛情不足
2)育った環境
3)親(とくに父親)からの意味のない暴力

を繰り返し幼年期に受けてきたことにより、まさに性格、人格崩壊。

幸い一番年下のマイケル(著者)は、父親が61歳のときに生まれた子どもだったから、父親から愛情を注がれ、意味のないせっかんは受けずに育ってきたので、上3人の兄たちとはちょっと立場が違う。

一番上の兄は母親の面倒を見ることで人生を費やし、2番目のゲイリーと3番目の兄は破壊的人生を歩み、最終的には「殺された」。

ハーレムに限らず、裕福でない層が集まっている場所では、愛情に飢えた子どもたちが多いと思う。でも、そういう子どもたちに愛情を注げば更生できるはずだと思うけれど(実際にそういう子どもたちも多いから)、でも「話はそんなに簡単じゃない」人たちもいるということを、この本から学んだような気がする。

ゲイリーは殺されることによって、やっと「自由」を手に入れることができたというのは、胸が痛い。

最初はなんだか村上春樹的小説だなと思ってしまったけれど、もちろん訳者が彼なので、そういう作用はあるとはいえ、読み進んでいくうちに物語に入り込んで、誰が訳したのかなんて全く関係なく、とにかく寝不足にしてくれた小説だった。

もう一つこの物語の面白いところは、死刑された後に、この本の著者であるマイケルが世間からどのように見られたのか、という部分が書かれていたことだとも思う。

殺人犯の弟なんだから「お前もそういう要素はあるよな、あるはずだし、あって当たり前」的扱いをうけていたと。そして著者は、音楽雑誌ローリングストーンなので活躍しているライターなので、その辺りもまた余計に注目を集めた要素になったのではないだろうか。

もう一度読み返したいとは思うけれど、ちょっとしんどいなあとも思えるし、いっそのこと原本で読んでみようか。

星5つ★★★★★



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